蜜色椿

真夜中の園

02



(あれ、静かだな……)
日没直前であたりは暗くなっている。
開け放してある窓からランプの明かりが微かにもれているから、アスランは部屋にいるはずなのだ。
窓に一番近い枝によじ登り、カガリは耳を澄ませた。
物音はしない。
カガリは考えた。
(もし部屋にいなかったとしても、いちかばちか行かなくちゃ。じっとしてても負けは来るんだから、どうせなら)
カガリは深呼吸をして、一旦息を止めた。
両手を強く握って気合いを入れて、ひらりと、少女はとうとう窓に飛び込んだ。
「アスラン! 覚悟しろ!」
空を切りながら剣を抜き、素早くアスランを探した。
しかし、部屋はからっぽだった。
「覚悟しないといけないのは君だと思うが?」
ふいに耳元で声がしたかと思うと、手首をひねられ、カガリは剣を取り落とした。
「わ……」
(アス……っ?)
思う間もなく、カガリの体はひょいと宙に浮き、窓際のベッドに倒されていた。
「アスラ……!」
「手応えがまるでないな」
勢いよく二人分の体重がかかって、ベッドがたわむ。
カガリを押し倒したのは、もちろんアスランだった。
いつもの余裕のある笑顔でカガリの上におおいかぶさっていた。
「もう少し頑張ってくれないとおもしろくないぞ」
「おまえ……! し、知ってたのか?」
カガリは焦った。
この状況は非常にまずい。
「風もないのに木があれだけ揺れていたら不審に思わないほうがどうかしてるだろう」
アスランの顔が近づいてきた。
「さて、どうしようか。どうしてほしい?」
「や、ばか、放せっ」
アスランは囁くついでに耳を舌先で突いた。
「上官に対してその態度はいただけないって言っただろう」
アスランは口許で微笑んだ。
「また今回も負けだったな。勝てないことなんてわかりきってるだろうに、それでも闘いたがるなんて……」
カガリの頬にアスランの指が触れた。
「……もしかして誘ってるのか?」
「ばっ、ち、違う!」
カガリは真っ赤になって憤慨した。
「闘ったって闘わなくったって結果は同じじゃないか! どうせ罰はあるんだろ。だったら可能性は小さくても罰がなくなるかもしれないほうを選ぶのは普通だ」
「罰じゃなくておしおきだけどな」
アスランは軽くカガリに口づけた。
挨拶よりは深いキス。
そのキスを嫌だと思えないから困る。
「ばか」
これはもう、戦闘の続きではない。
逢瀬だった。
四ヵ月ほど前のことだった、カガリとアスランが恋人の関係になったのは。
キラと入れ替わり、騎士団に入ったことは両親にも秘密だったのに、それを入団して早々に見破ったのはアスランだった。
その時、家族は関係ない、制裁は自分だけに留めてほしいとカガリは死ぬつもりでアスランに直訴したのだ。
しかし、アスランはカガリを許し、黙認した。
騎士団の勤めが果たせるのなら性別は問わないと。
そのこともあって、カガリは騎士団員として文句のつけようのない働きをしようと奮闘し、それを助けてくれたのはアスランだった。
秘密で繋がれた二人はゆっくりと仲を深め、互いを知り、惹かれあっていき。
そして日陰で口づけを交わすように、秘やかに恋ははじまったのだった。
「んん……」
はじまったばかりの二人は、キスをしだすと止まらなくなる。
重ねるだけだった唇はしっとりと濡れ、絡めあう舌はどちらがどちらのかわからなくなるほど。
カガリは何度目かの唾液を飲み込んだ。
「ふ……ぁ」
山の端に引っ掛かっていた陽は完全に落ち、空は群青から闇に変わっていた。
開け放したままの窓からアスランの部屋にも夜が忍び込み、二人を包んだ。
光源は机の上のランプの明かりだけだったが。
乏しい明かりは感覚を鋭敏にさせ、二人は肌と耳で互いを探りあっていた。
「や、だ……から、ちょっと待って……っ」
何重にも着込んでいるカガリの服をアスランは次々取り去っていく。
胸や太ももに愛撫をほどこされながらなので、口では止めてもカガリは上手く抵抗はできなかった。
「待たないよ。この季節、夜は短いんだ。カガリがこんな面倒な服を着てるから不必要に時間がかかるじゃないか」
上着を取り去り、シャツのボタンを開け、コルセットの紐を解いて上半身をあらわにし。
続けて下肢に手をやると、アスランはさらりとカガリを最後の下着だけにしてしまった。
こうなったら当分は服は着られない。
「こっちのほうがずっと可愛い」
いたずらっぽく言うと、アスランはキスをしてきた。
情事の始まりの合図だ。
舌を絡めながら、彼はカガリの肌に手を這わす。
厚い少年の服の下に隠されて、普段触れられない少女の肌を、たっぷり味わうように。
カガリの指先から腕、首も胸も、爪先まで丁寧に触る。
肌のきめの細やかさや、体の曲線、柔らかさ、アスランの手に触れるすべてが、カガリを女なのだと教えていた。
「どうして誰も気付かないんだろうな。時々不思議でたまらない」
アスランを知らなかった入隊当初ならいざ知らず、彼と密事を重ねるようになってからのカガリが、性別を偽っていることが誰にも疑われないのは不自然でもあった。
事実、彼女のふとした仕種や視線に、目を奪われる者は少なくないのだ。
「それとも、もしかしたら気付かないふりをしているのかもしれないな」
女性が騎士団にいるなどと、考え付くものはまずいないだろう。
カガリに魅力を感じても、それを認めてしまえば、同性に惹かれたことになる。
だから同僚達はあえて避けているのかも知れなかった。
「私はちゃんと男になりきれてるぞ……っ」
「どうだか」
肌をまさぐりながらアスランはその上に唇を落としていく。
見る者はいないのだから誰に示すでもない所有の証だったが、アスランはことさらに刻んでいった。
「んっ……」
「こんな声だすしな」
さらに声を誘い出すよう、アスランの唇は胸の頂きにおよんだ。
「あんっ」
体つきの割には大きめの乳房を片手で揉み、いじりながら赤いその頂点を吸う。
「や、あ……んっ」
「こんな声、誰にも聞かせられないな」
意地悪いことを囁く。
色づき固くなった果実を舌先でかすめるように舐められて、カガリは声を抑えてなどいられなかった。
(もっと……)
無意識のうちに思って、カガリは胸にうずめられたアスランの頭を抱いていた。
それが伝わったのか、アスランはカガリをさらに乱れさせようと秘部に手を伸ばした。
中指で薄い布越しに足の付け根を擦ると、木綿の下着が湿り気を帯びた。
「もう結構濡れてるな……なにがよかった?」
「知るか……っ」
カガリは噛みついたが、直後に裏返った悲鳴を上げてしまった。
不意打ちで、下着越しに花芽をいじられたのだ。
「ひやっ、……あ!」
アスランはカガリのもっとも敏感なその部分を重点的に攻めた。
ベッドの上はアスランが剥いだカガリの服でいっぱいだった。
「あ、あっ、……アスラ」
木綿が擦るばかりでは次第に物足りなくなってきて、カガリは視線で訴えた。
彼の指で直接、もっとしっかりとした刺激を与えて欲しかった。
いつもならだいたいここで焦らされるのだが、存外にアスランはすんなりとカガリの下着を脱がせ、カガリの欲しかった愛撫をくれた。
足の踏み場もなくなったベッドにまた一枚脱ぎ捨てた服が加わる。
「気持ちいい?」
カガリの顔がよほど悦んで見えたのか、アスランは嬉しそうだった。
「知ら……ない、っん」
さっきまでは控えめだった音が、直接外に響く。
アスランが襞をまさぐり、だんだんと溢れてくる愛液を指に絡めるたび、ぐちゃぐちゃといやらしい音が鳴った。
仕事や立場、それに隠さなければならない秘密がある以上、二人が体を重ねることは週に一度あれば多いほうで、時には一ヶ月も触れ合えないこともあった。
その回数はアスランはもちろん、カガリにとっても不満があった。
口では文句を言っても、アスランと触れ合うのが嫌いなわけではないのだ。
我慢したのちに逢瀬が巡ってくるので、待ちわびた体の感度は良かった。
親指でカガリの可愛い豆をくりくりと潰し、二、三本の指で内部の蜜を混ぜているうちに、アスランの手首まで雫はしたたっていた。
「ひっ、や!……ああ!」
カガリの嬌声も切羽詰まってきていた。
(あ、だめ……もう)
カガリに最初の波が訪れていた。
「あ、…ああっ……、ぃ」
秘部をまさぐる手は激しさを増し、カガリは一気に昇りつめた。
(い……くっ)
その言葉が頭をよぎった瞬間、計ったようにアスランの指がぴたりと止まった。
「ふあ……?」
浮きかけた体が途中で止まる。
ひどく中途半端に、行きそこねた快感が宙ぶらりんで浮いた。
「え……あの」
涙のいっぱいたまった目でカガリはアスランを見上げた。
しかし、彼はそれを無視して、さらに膣から指を引き抜いてしまった。
「アスラン……どうしたんだ?」
カガリは彼が怒っているのだと思った。
何か今の間に気に障ることをしてしまったのだろうか。
怖々と恋人を見つめたが、彼女の予想に反して、顔を上げたアスランが浮かべたのは不敵な笑みだった。
「そんな顔してどうしたんだ?」
笑った口許を開き舌を出して、彼は濡れそぼった手指を舐めた。
おいしそうにカガリの蜜を口にする。
「どうしたって……あの」
怒ってはいないのならどうしてなのだろう。
愛撫が唐突に中断されたのは。
「何?」
「何って……だから」
アスランは首を傾げたが、なんと説明すればいいのだろう。
困って、カガリが今にも泣きそうな顔をすると、泣き出す前にアスランはやさしく言った。
「イキたくてイケなくて、どうしたらいいかわからないんだろう?」
カガリの頬が一気に沸騰した。
と同時にカガリはひらめいた。
つまりアスランはすべて承知で愛撫をやめたのだ。
しかも絶頂のまさに手前で。
「お、おまえな……っ」
カガリはアスランにつかみ掛かった。
「怒った? そんなにイキたかったのか」
怒ったカガリを見ても、アスランはしゃあしゃあと言う。
「ばか……っ、こんな」
「こんな中途半端じゃ困るか?」
にやにやとカガリを見下ろし彼はとんでもないことを言った。
「それなら、カガリ、自分でしてみる?」
カガリは続けて言おうとした悪態を飲み込んだ。
「なに言って……」
「こうしてみたらいいんだよ」
言いながらアスランはカガリの手首をとり、秘部に導いた。
さすがにカガリは仰天した。
「何言ってるんだよ、そんなことなんで」
「べつに、カガリがそのままでいいのならしなくてもいいんだぞ?」
またもカガリは黙らされてしまった。
たしかに、秘部はどうしようもないほど疼いていた。
熱がこもって冷めない。
もしアスランがいなければ、カガリは自分で自分の秘部をめちゃくちゃに触っていたかもしれない。
「でも、そんなことできるわけ……」
カガリは途端に弱くなる。
「大丈夫だよ。いつも俺がしてるみたいにすればいいんだから」
秘部から離れていた手を再び持ってきて、今度はしっかり濡れた部分に触れさせる。
「ふぁ……、でも…、できないよぉ、そんなこと」
しかもアスランの目の前で。
「だから、これがお仕置きさ。できたらちゃんとカガリの欲しいものあげるから」
楽しそうに笑うと、アスランは体を起こした。
足を擦りあわせて途方に暮れるカガリを観察する姿勢に入ってしまった。
カガリがいくら目に涙をためていても、本当になにもしないつもりらしい。
(うう、なんでこんなことに……)
今までで一番意地の悪いお仕置きかもしれなかった。




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